シャトー・ラ・フルール・モランジュ
オーナー兼醸造家のジャン=フランソワ・ジュリアン氏の経歴は異色。1999年にラ・フルール・モランジュの初ヴィンテージをリリースするまで彼の本業は大工であった。ジャン=フランソワがワイン造りを始めたきっかけは、同じ右岸のシャトー・ヴァランドローのオーナー、ジャン・リュック・テュヌヴァンの成功に影響されたこともあるが、そもそもの発端は自治体が彼の土地を公営住宅用に手放すように勧告してきたことに対抗する手段としてブドウを植えたことであったという。それは単なる偶然と言えるものだったが、彼が持っていた土地はサン・テミリオンACの南東の外れ、サン・ペイ・ダルマンという場所にあり、この畑がのちに彼の成功の源泉となる類い稀なテロワールを備えていたのである。